FC2ブログ
田口淳之介と美味しいモノとお喋りとHAND MADEをこよなく愛する道楽主婦・りこ♪の語り場です♡ 同じ想いの方なら、いつでもウエルカムよん☆
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006.08.28 夏の終わり
♪夏の終わりには ただ貴方に会いたくなるの・・・
って歌ったのは森山直太朗でしたね。

24時間テレビ、終わりました。

亀梨くん赤西くん田口くん田中くん上田くん中丸くん
どうもお疲れ様でした

(他のパーソナリティの皆さんもお疲れ様でした)

番組中、ずっと会いたくてしょうがなかったです。
田口淳之介


番組観覧に行ってたHさんによれば(勝手に引用してすいません)、番組終了後の挨拶で
「お見苦しい所を何度もお見せしてしまい、すいません」
と言ったそうです。

見苦しいなんて思わへんかったよ。
その涙は自分の感情が動いた証拠。
幾つから人前で泣くのはみっともないってなるんやろう。
子供の頃は素直に泣けたのにね。
番組中じゅんのが流した涙はじゅんのの心の琴線が触れたからだと思う。
これから先も、そーゆうトコ変わらないでいて欲しいな。

さっきの言葉には続きがあって、
「最後泣かずにいられたのは、達成感があったからでした。最後までありがとうございました」
と締めたそうです。

ワタシね、こんなけ泣いて最後はもっと泣いちゃうと思ったんですわ。
ところがどっこい、そこは田口淳之介
メタメタ笑顔のサライでした。
アンガールズも最弱って言われた割にはひょうひょうとしてたし、あ~、こんなエンディングの方がKAT-TUNらしいなとも思ったり。

きっと見てる以上に関わってる人は大変やと思うんですよ。
何ヶ月もかけて準備して。
20歳そこそこで、やり遂げた大仕事。最後は達成感いっぱいでいつものスマイルじゅんのに戻っていた彼に、くぅー負けたと悔しくなったり、そんなじゅんののファンでいることが誇らしかったり。

もちろん、6人の強い絆があったからこそやり遂げたんですけどね。

仁くんの手紙、あ~そうきたか!って感じやった。
してやられました。仁くんのメンバーに対する思い、仁くんなりの絆。
聞けて嬉しかったな。
KAT-TUNのファンでいることが、すごく嬉しく思えた。


思えば、ワタシが子供の頃からやってる番組。
日曜の朝は手塚アニメ見た後、家族で電車乗って難波の高島屋に寄付持って行くのが我が家の夏の終わりの風物詩やった。

でも番組自体を真剣に見たのは初めてかな。
前にSMAPがやったとき、まだビデオしかないし仕事やしで、何人かで手分けして録画した。
で、お目当てのとこだけ見てあとはスルー。

今回じっくり見てね、夜中はともかく考えさせられる事がいっぱいあった。
ワタシはないことを数えて、あることを見過ごしてるのかなって。

韓国の女の子、指が二本しかないじゃなく、指が二本あるんだ。
聖と泳いだ男の子も、骨が筋肉になるなんて可哀想じゃなく、動く所がまだまだあるんだ。

話は脱線するんですが、うちの父は戦後の貧しい時代に小学校すらまともに行けず、昼夜働いてたそうです。
あまりに疲れて仕事中うたた寝して機械に左手を挟まれ、父の左手は甲の部分しかなかったんです。
それでも一生懸命仕事して、三人姉弟を育ててくれました。
学歴も左指もない、じゃなくて右の手はあるから仕事が出来ると父も思っていたんじゃないかと。
もっと父の話聞いとけば良かったなと後悔。

出来ない事よりも、出来る事考えて、前向きに生きていけたら。
これからいっぱい壁にブチ当たるであろう子供達にも、そう思う。

いい番組でしたよ、本当に。有り難うKAT-TUN



全くの私信のようなものですが・・・
番組を通して、一人では居たたまれずにメールしたりチャットしたりブログに押し掛けたり。
ゆっくり番組鑑賞したかったお友達にとっては迷惑だったんじゃないかな?この場でお詫びします。ごめんなさい


色々絡んで下さった皆さん、ワタシ自身はほんまに楽しかったし、嬉しかったです
どうも有り難うね

KAT-TUNじゅんのが結んでくれた絆、これからも仲良くして下さいまし。。。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。